先日、威勢よく再開宣言したのであったが・・・、
スワ! みごとに鼻風邪か?
否否。
これは、きっとあの花粉アレルギー。
鼻びしびしの、箱ティッシュ恋し。
ああ、こうなるとメイクのし甲斐もなく・・・。
マスク美人になるしかない。
そう、別に、重松清のせいじゃない。
2017年1月29日日曜日
2013年11月14日木曜日
wave♪に満たされて
立冬も過ぎた小春日和の11月9日。合唱団のコンサートを聴きに行く。
<横浜国立大学グリークラブOB合唱団第12回定期演奏会>
会場は、3.11の震災後、今年4月に復活を遂げたミューザ川崎シンフォニーホール。
ステージ構成は5部。卒業年度で分けた3団体のグリークラブによる演奏である。
内訳は、主催者でもある総勢約70名のプラチナシニアによるOB合唱団(第1・2・5 St)、
現役大学グリークラブ(第3)、平成卒業OB合唱団(第4)というもの。
プログラムは、現代作曲家の無伴奏を基本とした宗教小品集(第1)、
テキストのモティーフを百人一首に求めた組曲「帆は風に鳴り」(第2)、
古今東西からスケールの大きさを感じさせる叙情詩を集めた「天景」より(第3)、
男声合唱の定番コンビ作品「北斗の海」より(第4)、最後はポピュラー曲集で構成された。
それぞれ特徴のあるステージだったが、第2から4までは「海」が題材。
最終ステージでは、総勢140人弱、およそ3世代にわたるスケールの大きな「音」に
ホールが包まれ、先ごろ亡くなった三善晃編による「夕焼小焼」では、
140人のユニゾンとピアノの協奏が圧巻を極めた。
アンコールは定番の「月ピエ」(「月光とピエロ」)より「ピエロ」。
男声合唱の魅力を一言で表すなら「音の重層性」だ。
全体の音域が低いため、倍音の鳴り方が混声や女声と比較にならない。
少人数でも和音がはまれば、3倍以上の響きが生まれる。
同じホールで同じ曲を演奏しても、倍音という素敵な“おまけ”が聴こえてくるのだ。
今回のコンサートでもその期待は裏切られることはなかった。
それは、共通テーマが海ということもあり“音の波”にあらわれた。
例えば「帆は風に鳴り」では、繊細でロマンティック、ときにはリズミカルな波に、
「天景」は無伴奏らしく無駄な要素をすべて取り去ったストイックな波に、
「北斗の海」は詩人・草野心平がかいた白描の劇的な波に。
歌う側とすれば、かなりハードルの高い難曲も入っている。
指揮者が若い故か、第1ステージは昨今の合唱コンクールで流行りの曲もあり、
無伴奏部分の後からピアノが入る曲では、聴く側も緊張を強いられる。
とかくそうした曲は「労多くして功少なし」なのだが。
それでも、“従順に”“健気に”タクトについていくOBグリーたち。
第5ステージではフェローも加わって解放感たっぷりに歌心を披露してくれた。
男声合唱の魅力をもう一つ。
メロディの歌い方がロマンティックでエレガントであること。
これも音域が低いためだろうか。メロディに対してある種の飢餓感でもあるのか。
琴線に触れるフレーズが登場したパートは「待ってました!」とばかりに喜び、
女声も真似のできないほど艶のある歌を紡ぎ出す。
第5ステージで音の質量がぐわんとアップしたのは言わずもがなだ。
締めは客席も一緒になっての全体合唱「見上げてごらん夜の星を」。
キーがヘ音域すれすれだったので、とてつもなく高いソプラノで失礼したが、
作品の背景が時代・ロケーションともにマッチしすぎていて、
胸が熱くなったのは自分だけではないだろう。
いくつもの波に洗われ、包まれて、生まれ変わったホールも歓喜を共にしたにちがいない。
<参考>
「帆は風に鳴り」(詩:宗左近/曲:林光)
「天景」(詩:大岡信・萩原朔太郎 他/曲:橋本剛)
「北斗の海」(詩:草野心平/曲:多田武彦)
「月光とピエロ」(詩:堀口大學/曲:清水脩)
「見上げてごらん夜の星を」(詩:永六輔/曲:中村八大)
<横浜国立大学グリークラブOB合唱団第12回定期演奏会>
会場は、3.11の震災後、今年4月に復活を遂げたミューザ川崎シンフォニーホール。
ステージ構成は5部。卒業年度で分けた3団体のグリークラブによる演奏である。
内訳は、主催者でもある総勢約70名のプラチナシニアによるOB合唱団(第1・2・5 St)、
現役大学グリークラブ(第3)、平成卒業OB合唱団(第4)というもの。
プログラムは、現代作曲家の無伴奏を基本とした宗教小品集(第1)、
テキストのモティーフを百人一首に求めた組曲「帆は風に鳴り」(第2)、
古今東西からスケールの大きさを感じさせる叙情詩を集めた「天景」より(第3)、
男声合唱の定番コンビ作品「北斗の海」より(第4)、最後はポピュラー曲集で構成された。
それぞれ特徴のあるステージだったが、第2から4までは「海」が題材。
最終ステージでは、総勢140人弱、およそ3世代にわたるスケールの大きな「音」に
ホールが包まれ、先ごろ亡くなった三善晃編による「夕焼小焼」では、
140人のユニゾンとピアノの協奏が圧巻を極めた。
アンコールは定番の「月ピエ」(「月光とピエロ」)より「ピエロ」。
男声合唱の魅力を一言で表すなら「音の重層性」だ。
全体の音域が低いため、倍音の鳴り方が混声や女声と比較にならない。
少人数でも和音がはまれば、3倍以上の響きが生まれる。
同じホールで同じ曲を演奏しても、倍音という素敵な“おまけ”が聴こえてくるのだ。
今回のコンサートでもその期待は裏切られることはなかった。
それは、共通テーマが海ということもあり“音の波”にあらわれた。
例えば「帆は風に鳴り」では、繊細でロマンティック、ときにはリズミカルな波に、
「天景」は無伴奏らしく無駄な要素をすべて取り去ったストイックな波に、
「北斗の海」は詩人・草野心平がかいた白描の劇的な波に。
歌う側とすれば、かなりハードルの高い難曲も入っている。
指揮者が若い故か、第1ステージは昨今の合唱コンクールで流行りの曲もあり、
無伴奏部分の後からピアノが入る曲では、聴く側も緊張を強いられる。
とかくそうした曲は「労多くして功少なし」なのだが。
それでも、“従順に”“健気に”タクトについていくOBグリーたち。
第5ステージではフェローも加わって解放感たっぷりに歌心を披露してくれた。
男声合唱の魅力をもう一つ。
メロディの歌い方がロマンティックでエレガントであること。
これも音域が低いためだろうか。メロディに対してある種の飢餓感でもあるのか。
琴線に触れるフレーズが登場したパートは「待ってました!」とばかりに喜び、
女声も真似のできないほど艶のある歌を紡ぎ出す。
第5ステージで音の質量がぐわんとアップしたのは言わずもがなだ。
締めは客席も一緒になっての全体合唱「見上げてごらん夜の星を」。
キーがヘ音域すれすれだったので、とてつもなく高いソプラノで失礼したが、
作品の背景が時代・ロケーションともにマッチしすぎていて、
胸が熱くなったのは自分だけではないだろう。
いくつもの波に洗われ、包まれて、生まれ変わったホールも歓喜を共にしたにちがいない。
<参考>
「帆は風に鳴り」(詩:宗左近/曲:林光)
「天景」(詩:大岡信・萩原朔太郎 他/曲:橋本剛)
「北斗の海」(詩:草野心平/曲:多田武彦)
「月光とピエロ」(詩:堀口大學/曲:清水脩)
「見上げてごらん夜の星を」(詩:永六輔/曲:中村八大)
2013年5月3日金曜日
やる気スイッチ、入りました
なんだかんだで4月はゼロ投稿。
反省・・・は、していないけど、ちとさびしい。
昨日、GWの谷間に神保町へ行ってみた。
ここ10年あまりで、
B級グルメとコンビニと携帯電話屋の看板が目立つ街になった。
ちょっとかなしいぞ。
岩波ホールの支配人もいなくなっちゃったし。
でも・・・
でも・・・
でも・・・
街の体臭は変わっていない。
入りました!
ワタシのやる気スイッチが。
様変わりした書店の電子書籍を「立ち読み」したけど
「本の街」は
まだ、元気です。
反省・・・は、していないけど、ちとさびしい。
昨日、GWの谷間に神保町へ行ってみた。
ここ10年あまりで、
B級グルメとコンビニと携帯電話屋の看板が目立つ街になった。
ちょっとかなしいぞ。
岩波ホールの支配人もいなくなっちゃったし。
でも・・・
でも・・・
でも・・・
街の体臭は変わっていない。
入りました!
ワタシのやる気スイッチが。
様変わりした書店の電子書籍を「立ち読み」したけど
「本の街」は
まだ、元気です。
2012年9月13日木曜日
白露に一献・・・
大暑、処暑、と過ぎたけど
残り火のような熱さもとい!暑さは続く。
いまは「白露」の季節。
秋刀魚と名月を肴に一献! といきたいところなのだが。
世の中そんなに甘くない。
夏の終わりに駆け込みで観た、谷中・全生庵の幽霊画は
ぞっとする感覚がむしろ猛暑に心地よく。
その次に観た、三菱一号館美術館のシャルダン※展(プレスビュー)は
古式ゆかしい洋館のひんやりした壁に
静物と人物画のささやき合うようなレイアウト。
セザンヌのような、つよい自己主張をみせない画家の美学は
端正な構図と繊細な筆致で貫かれ、都会的な静寂をうみだす。
残暑のほてりから、解放されたひとときだった。
※ジャン=シメオン・シャルダン(1699-1779)
残り火のような熱さもとい!暑さは続く。
いまは「白露」の季節。
秋刀魚と名月を肴に一献! といきたいところなのだが。
世の中そんなに甘くない。
夏の終わりに駆け込みで観た、谷中・全生庵の幽霊画は
ぞっとする感覚がむしろ猛暑に心地よく。
その次に観た、三菱一号館美術館のシャルダン※展(プレスビュー)は
古式ゆかしい洋館のひんやりした壁に
静物と人物画のささやき合うようなレイアウト。
セザンヌのような、つよい自己主張をみせない画家の美学は
端正な構図と繊細な筆致で貫かれ、都会的な静寂をうみだす。
残暑のほてりから、解放されたひとときだった。
※ジャン=シメオン・シャルダン(1699-1779)
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| シャルダン展 ― 静寂の巨匠 会期: 2012年9月8日(土)~2013年1月6日(日) 休館日:月曜休館 / 12月29日(土)~2013年1月1日(火) (祝日の場合は開館、翌火曜休館 / 12月25日は開館) 主催: 三菱一号館美術館、NHKプロモーション、読売新聞社 |
![]() |
| 会場は丸の内にある三菱一号館美術館。 風格のある建物も作品のイメージづくりに一役。 ヨーロッパの雰囲気のなかでゆっくり鑑賞できる。 |
![]() |
モーブ色のバックが作品を引き立てる。
作品の多くは日本人好みの程良いサイズ。シンプルだが洗練された構図、効果的な発色。 静物のなかにリズムを生みだすのは、精緻な筆づかいだ。 |
2012年7月6日金曜日
23年ぶりのBWV244♪
7月1日、すみだトリフォニーでBWV244を歌う。
実に23年ぶり、4回目のバッハ「マタイ受難曲」。
最初に「マタイ受難曲」を生で聴いたのは、東西冷戦期の1985年。
指揮ハンス・ヨアヒム・ロッチュ、ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団+
ゲヴァントハウス管弦楽団+福音史家ペーター・シュライヤーという
当時、もっとも正統派のキャスティングだった。
約3時間におよぶ大曲は、イエス・キリストの受難を
物語に沿って順次紹介していく。福音史家(福音書記家)マタイが
福音書を読み上げながら曲を進行させる。
それぞれの独唱者たちは、バッハが各所に埋め込んだ
叙唱(レシタティーボ)と詠唱(アリア)を担当し、
内省的な響きをつくりだす。
一方で、合唱はイエスの教えにつき従う人たち、観衆、
弟子、信者、群衆、兵士たちといった具体的な集合体を担当する。
バッハの初演から約100年を経て、メンデルスゾーンが再演したという
エピソードはあまりにも有名。たしかにこの曲を演奏するのは
かなりのエネルギーが必要だ。
管弦楽、合唱、独唱ともに二つのグループから構成され
オプションに少年合唱が入る大編成。
興行面でも相当覚悟しなければならない。
「ハレルヤ」という超有名な合唱曲があるヘンデルの「メサイア」に比べ
「マタイ受難曲」にはそんなふうに盛り上がる曲はない。
場面ごとに、調と歌詞に変化を持たせた受難コラールが何度も現れ
音源だけで聴いていると、かならずどこかで眠くなってしまう。
それでも一度はきちんと聴きたいと思い、バッハ生誕300年の記念に
聴きに行った。そして最も脂の乗っていたシュライヤーの語るような
ドイツ語にノックアウトされた。
以後、今度はどこかでこの曲を合唱団員として歌ってみようと思い、
団員募集中の団体へ加入し、数回の参加を果たした。
「マタイ受難曲」は、作曲家・武満徹が作曲をする前に
必ず聴いていたほど、好きな曲だった。また、亡くなる前日にも
FMで放送されていたこの曲を病床で聴いていたという。
終曲の合唱では、雪の日に1人ベッドでバッハを聴く作曲家の姿を
思い浮かべていた。
ほかにもこの曲には思い出がある。一度も娘(私)の演奏会に来たことのない
父が唯一聴きに来てくれたのが、23年前の「マタイ受難曲」演奏会だったのだ。
「受難」=「原罪」=「死」という重いテーマをかかえてはいるが、
そのさきには「復活」への希望の示唆もある。
そんなわけで、実は日本人の感性に意外と近い曲なのだ。
CD3枚分の演奏時間はたしかに長いが。
実に23年ぶり、4回目のバッハ「マタイ受難曲」。
最初に「マタイ受難曲」を生で聴いたのは、東西冷戦期の1985年。
指揮ハンス・ヨアヒム・ロッチュ、ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団+
ゲヴァントハウス管弦楽団+福音史家ペーター・シュライヤーという
当時、もっとも正統派のキャスティングだった。
約3時間におよぶ大曲は、イエス・キリストの受難を
物語に沿って順次紹介していく。福音史家(福音書記家)マタイが
福音書を読み上げながら曲を進行させる。
それぞれの独唱者たちは、バッハが各所に埋め込んだ
叙唱(レシタティーボ)と詠唱(アリア)を担当し、
内省的な響きをつくりだす。
一方で、合唱はイエスの教えにつき従う人たち、観衆、
弟子、信者、群衆、兵士たちといった具体的な集合体を担当する。
バッハの初演から約100年を経て、メンデルスゾーンが再演したという
エピソードはあまりにも有名。たしかにこの曲を演奏するのは
かなりのエネルギーが必要だ。
管弦楽、合唱、独唱ともに二つのグループから構成され
オプションに少年合唱が入る大編成。
興行面でも相当覚悟しなければならない。
「ハレルヤ」という超有名な合唱曲があるヘンデルの「メサイア」に比べ
「マタイ受難曲」にはそんなふうに盛り上がる曲はない。
場面ごとに、調と歌詞に変化を持たせた受難コラールが何度も現れ
音源だけで聴いていると、かならずどこかで眠くなってしまう。
それでも一度はきちんと聴きたいと思い、バッハ生誕300年の記念に
聴きに行った。そして最も脂の乗っていたシュライヤーの語るような
ドイツ語にノックアウトされた。
以後、今度はどこかでこの曲を合唱団員として歌ってみようと思い、
団員募集中の団体へ加入し、数回の参加を果たした。
「マタイ受難曲」は、作曲家・武満徹が作曲をする前に
必ず聴いていたほど、好きな曲だった。また、亡くなる前日にも
FMで放送されていたこの曲を病床で聴いていたという。
終曲の合唱では、雪の日に1人ベッドでバッハを聴く作曲家の姿を
思い浮かべていた。
ほかにもこの曲には思い出がある。一度も娘(私)の演奏会に来たことのない
父が唯一聴きに来てくれたのが、23年前の「マタイ受難曲」演奏会だったのだ。
「受難」=「原罪」=「死」という重いテーマをかかえてはいるが、
そのさきには「復活」への希望の示唆もある。
そんなわけで、実は日本人の感性に意外と近い曲なのだ。
CD3枚分の演奏時間はたしかに長いが。
2012年6月4日月曜日
「水兵と借金」 お好みの元素は?
気がつくと、おお、もう6月。
振り返れば5月は週単位であたふたと過ごしてしまったようで。
このページもごぶさたしてしまった。
さてさて、大型連休はとっくに過ぎた5月14日月曜日に
国立科学博物館で、特別展「元素のふしぎ」展 記者発表が行われた。
水兵リーベ僕の舟♪
現在、認定されている元素は118種類、その名前をおぼえるために
学生時代、こんなごろ合わせの歌で覚えた人もいるのでは?
後半がおもわずにやりとする歌詞もあるから、きっとこの歌は理系男子向け。
灯馬の場合は「貸そうかな、まああてにすな、ひどすぎる借金」だったかな。
歌は思い出せても元素名が出てこないのが文系頭の悲しさよ。
そんな文系頭とみられる記者たちを前に、
化学の専門家たちがどんな説明をするのか、興味があった。
紹介された実験は、割と初歩的なもの。
そして、現在の最注目株レアアース(希土類)は、
木箱に並べられたちっちゃなサンプル。
で、質問は・・・これが出ない(出せない)のがまた悲し。
まちがっても化学者に、レアアースの原価はおいくら?なんて聞けるわけ、ない!
予定される展示内容は、元素を純粋な単体から最先端の製品提示まで。
118種すべてを紹介。隕石、金属、宝石、光、電池、食・・・など
テーマ展示も多様。
身体の構成元素とその割合を計測できる「元素体重計」も半分怖い気もするが
興味深いところ。
10月8日(月)までの開催は、おとなの夏休みにも合わせた企画。
童心に帰ってワークショップに参加してもおもしろい。
ところで、この展覧会の監修にあたったスタッフのプロフィールが目を引いた。
<好きな元素>というインタビューがあったからだ。
最初に研究した元素だからという最もな理由もあったが、
おとなしい顔つきの窒素(N)、身近な元素バリウム(Ba)とコメントしたスタッフも。
いったい、どんなイメージの元素なんだか。
こんなところも、理系のロマンなのか。
振り返れば5月は週単位であたふたと過ごしてしまったようで。
このページもごぶさたしてしまった。
さてさて、大型連休はとっくに過ぎた5月14日月曜日に
国立科学博物館で、特別展「元素のふしぎ」展 記者発表が行われた。
水兵リーベ僕の舟♪
現在、認定されている元素は118種類、その名前をおぼえるために
学生時代、こんなごろ合わせの歌で覚えた人もいるのでは?
後半がおもわずにやりとする歌詞もあるから、きっとこの歌は理系男子向け。
灯馬の場合は「貸そうかな、まああてにすな、ひどすぎる借金」だったかな。
歌は思い出せても元素名が出てこないのが文系頭の悲しさよ。
そんな文系頭とみられる記者たちを前に、
化学の専門家たちがどんな説明をするのか、興味があった。
紹介された実験は、割と初歩的なもの。
そして、現在の最注目株レアアース(希土類)は、
木箱に並べられたちっちゃなサンプル。
で、質問は・・・これが出ない(出せない)のがまた悲し。
まちがっても化学者に、レアアースの原価はおいくら?なんて聞けるわけ、ない!
予定される展示内容は、元素を純粋な単体から最先端の製品提示まで。
118種すべてを紹介。隕石、金属、宝石、光、電池、食・・・など
テーマ展示も多様。
身体の構成元素とその割合を計測できる「元素体重計」も半分怖い気もするが
興味深いところ。
10月8日(月)までの開催は、おとなの夏休みにも合わせた企画。
童心に帰ってワークショップに参加してもおもしろい。
ところで、この展覧会の監修にあたったスタッフのプロフィールが目を引いた。
<好きな元素>というインタビューがあったからだ。
最初に研究した元素だからという最もな理由もあったが、
おとなしい顔つきの窒素(N)、身近な元素バリウム(Ba)とコメントしたスタッフも。
いったい、どんなイメージの元素なんだか。
こんなところも、理系のロマンなのか。
| 特別展「元素のふしぎ」 2012年7月21(土)~10月8日(月・祝) 国立科学博物館(東京・上野公園) |
| おなじみ 薔薇もパラパラになる 液体窒素の実験 |
| 手前の小さなサンプルが希土類(レアアース) これらがどんなふうに展示されるのか PCのモニタに写るのは、118種類の元素周期表 |
2012年4月2日月曜日
ときには agri
あまり生物は得意ではないが、豆苗を育ててみることにした。
一度食した根つき株を水耕栽培して株分けし、土栽培にうつしたのだ。
しかし、びろびろと野放図に“触手”を伸ばしているだけで、
根のほうはなんだか心もとない。
ええい!ままよ。
プランターや土も購入しちゃったし。
失敗したら、また仕入れて食し、リベンジするまでだ。
さて、鉄道マニアの鉄子、歴史マニアの歴女にならび
農業趣味の農ギャルも昨今の流行りらしい。
でも私は「農」の字をみると 「agri =アグリ」という音 を連想してしまう。
以前、みた映画で(たしか「モーリス」だったかと)、
少年時の主人公がラテン語を覚えるシーンがあった。
気弱そうな少年が家庭教師の前で暗唱させられていたのは
agricola (農夫、土地の)という単語の活用だった。
アルファベット順に「a 」ではじまる語彙だったからだろう。
ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」にも
ギムナジウムでラテン語を学ぶ主人公がいた。
ヨーロッパの子どもたちにとって、ラテン語はリベラルアーツの一つらしい。
そんな話はさておき。重要課題は豆苗だ。
神よ!
ポトスを枯らしてしまった前科者ですが、どうか収穫の機会をお与えください。
一度食した根つき株を水耕栽培して株分けし、土栽培にうつしたのだ。
しかし、びろびろと野放図に“触手”を伸ばしているだけで、
根のほうはなんだか心もとない。
ええい!ままよ。
プランターや土も購入しちゃったし。
失敗したら、また仕入れて食し、リベンジするまでだ。
さて、鉄道マニアの鉄子、歴史マニアの歴女にならび
農業趣味の農ギャルも昨今の流行りらしい。
でも私は「農」の字をみると 「agri =アグリ」という音 を連想してしまう。
以前、みた映画で(たしか「モーリス」だったかと)、
少年時の主人公がラテン語を覚えるシーンがあった。
気弱そうな少年が家庭教師の前で暗唱させられていたのは
agricola (農夫、土地の)という単語の活用だった。
アルファベット順に「a 」ではじまる語彙だったからだろう。
ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」にも
ギムナジウムでラテン語を学ぶ主人公がいた。
ヨーロッパの子どもたちにとって、ラテン語はリベラルアーツの一つらしい。
そんな話はさておき。重要課題は豆苗だ。
神よ!
ポトスを枯らしてしまった前科者ですが、どうか収穫の機会をお与えください。
2012年3月6日火曜日
嘘じゃないってば!
このテの話題は極力避けようと思っていたのだが、
最近、気になるコトバ、表現を1つ紹介しよう。
それは、
「ホントですかぁ~」。
比較的若い年代が相手への相槌に使う表現だ。
職場等で、ちょっと蘊蓄などたれようものなら
たちまち「あ、ホントですかぁ」が連発。
いやいや。まだ内輪の会話なら許せる。
取引先との打ち合わせや
面接などのオフィシャルな場面でも、ちょくちょく登場するのだから
きっと「一般的な」表現なのだろう。
しかし
この表現。
「あなたの仰ったこと、わたしには信じられませんけど」って
暗に言われているみたいで、
個人的にはものすごく「不快」なのである。
もし自分なら「あ、そうですねぇ」で済むのに、と
連発される「ホントですかぁ~」に
「嘘じゃないってば!」と、いちいち心の中で抗っている。
最近、気になるコトバ、表現を1つ紹介しよう。
それは、
「ホントですかぁ~」。
比較的若い年代が相手への相槌に使う表現だ。
職場等で、ちょっと蘊蓄などたれようものなら
たちまち「あ、ホントですかぁ」が連発。
いやいや。まだ内輪の会話なら許せる。
取引先との打ち合わせや
面接などのオフィシャルな場面でも、ちょくちょく登場するのだから
きっと「一般的な」表現なのだろう。
しかし
この表現。
「あなたの仰ったこと、わたしには信じられませんけど」って
暗に言われているみたいで、
個人的にはものすごく「不快」なのである。
もし自分なら「あ、そうですねぇ」で済むのに、と
連発される「ホントですかぁ~」に
「嘘じゃないってば!」と、いちいち心の中で抗っている。
2012年2月15日水曜日
印象派再発見
2月10日、箱根・仙石原のポーラ美術館を訪れた。
ポーラ美術館は2002年の開館から10年。
2010年に公益財団法人化された、ちょっと存在感のある美術館だ。
2010年に公益財団法人化された、ちょっと存在感のある美術館だ。
企業オーナーが40年余をかけ集めた、9500点の美術コレクションは、
19世紀フランス印象派、エコール・ド・パリといった近代西洋絵画のほか、
日本の洋画、日本画、東洋陶磁、日本の近現代陶磁、ガラス工芸、
そして化粧道具など、多岐にわたる。
コレクションだけで企画展が出来てしまうのが、この美術館のすごいところだ。
「印象派の行方-モネ、ルノワールと次世代の画家たち」
2012年1月21日~7月8日
日本人が大好きな印象派の展覧会は、
最近ちょっと多すぎて食傷気味だったのだが。
印象派の双頭と次世代の作品を1点ずつ次々を並べた比較展示は
ベタながら潔い企画。
「第1部 1886年-ゆらぐ印象派」では、モネ、ルノワール、セザンヌらが
印象派からの離脱を、「第2部 1900年以降-次世代のまなざし」では
印象派を離脱した彼らが受けたフォービスムの影響や
ピカソ、マティスといった抽象画家たちとの接点を探るというもの。
キュビスムのピカソがルノワール作品のコレクターだったことや、
マティスがルノワールに影響されたことなど美術史では次世代の旗手たちが、もれなく印象派とともにあり、
モネ、ルノワールたちの変化も時代とともに見受けられ。
「ピエール・ボナールのアトリエの壁 1945年」という、1枚の写真。
アトリエの壁には、他の画家たちの作品が印刷された絵葉書が点在し、
当時ボナールが受けた影響をそのまま写し出していたのだ。
・・・という訳で、ちょっと見方を変えれば
見なれた名作もまた新しい発見が生まれるというもの。
都心から片道2時間のバス旅は、印象派「再発見」の小旅行だった。
この美術館はスーラ、シニャックらの点描が
ゆったり観られる空間だ。
作品の対角線×2倍という理想の距離を、存分に楽しめるのだから。
| 地形を利用したユニークな外観 |
![]() |
| ギャラリー仕立ての併設カフェ |
☆併設レストランで“再現”された「ルノワール家のごちそう」 企画展限定コース☆
![]() |
| スープ「ブイヤベース アレイ風」
☆
|
![]() |
| メインD 「鶏のロースト」 |
☆
![]() |
| デザート「クリームブリュレ チョコレートアイス添え」 |
☆当日の印象☆
| 中井SAで“収穫”! |
2011年12月18日日曜日
一目惚れのKUNIYOSHI
「好きな浮世絵師を1人挙げよ」と言われたら、
私は迷わず「歌川国芳」※と答える。
いつ見てもワクワクする作風で、一度見たら忘れられないからだ。
とにかくメリハリの効いた画風が「カッコいい!」。
作品から生命感あふれる主人公たちの生き生きとした姿が
次々と飛び出してくる。音楽なら、ジャズかコンチネンタル・ロック、
いやいや邦楽ロックといったところか♪♪♪
幕末という時代を反映してか、西洋絵画の影響もたっぷりだから
記念の年の最後に滑り込んだサプライズ企画のような展覧会だ。
私は迷わず「歌川国芳」※と答える。
いつ見てもワクワクする作風で、一度見たら忘れられないからだ。
国芳は歌麿、広重らと比べると知名度はいま一つかもしれない。
しかし、東京スカイツリーの予見かと騒がれた「東都三ツ股の図」、
猫や雀をモチーフにして人間社会を投影した独特の作品は、
おそらくだれもが一度は見たことがあるはずだ。
その没後150年を記念した展覧会が東京・六本木で始まった。
会場となった森アーツセンターギャラリーには、
まるで重ね摺りを思わせるように、これでもか、これでもかと
前後期合わせて420点の作品が所狭しと並ぶ。
展覧会の構成は、武者絵、説話、役者絵、美人画、子ども絵、風景画、
摺物と動物画、戯画、風俗・娯楽・情報、肉筆画など10章にわたる。
国芳をとことん知るには十分といえるだろう。
しかも、前後期でほとんどの作品が入れ替わるというから
お目当ての作品が見たかったら要注意。早めに一度訪れて
「あれ、あの絵がない」と思ったら再度見なければならない。
お目当ての作品が見たかったら要注意。早めに一度訪れて
「あれ、あの絵がない」と思ったら再度見なければならない。
国芳の魅力は、モダンでハイセンスな構成力。
躍動感のある巧みなレイアウト、柄やアイテムのおしゃれなこと、
嫌みのない効果的なデフォルメ、そして確かなデッサン力。
猫好きにはたまらない猫素材も見逃せない。
とにかくメリハリの効いた画風が「カッコいい!」。
作品から生命感あふれる主人公たちの生き生きとした姿が
次々と飛び出してくる。音楽なら、ジャズかコンチネンタル・ロック、
いやいや邦楽ロックといったところか♪♪♪
「あれ。この画風はあの画家の?」と突っ込みたくなるところも多々あって、
謎解きにも一役買っている。
謎解きにも一役買っている。
記念の年の最後に滑り込んだサプライズ企画のような展覧会だ。
<本日のカタチ> 歌川国芳展 プレスビューより
■没後150年歌川国芳展
2011年12月17日~2012年2月12日
森アーツギャラリーセンター(六本木ヒルズ森タワー52F)
※歌川国芳(うたがわ・くによし)
江戸・日本橋、1797年生まれ。1861年没。
歌川豊国に師事。
いくつもの人体を組み合わせた人面画「みかけハこハゐが
とんだいゝ人だ」は、まるで果物で人の顔を構成した
マニエリスムの代表画家、ジュゼッぺ・アンチンボルドの
作風を思わせる。
|
| 猫もいっぱい |
2011年11月15日火曜日
11月の風物詩
早いもので、11月も第3週に突入した。
今週木曜日はボジョレヌーボーの解禁日。
酉の市とともに、いつの間にか11月の風物詩となってしまった。
この解禁日と勤労感謝の日のある週末に
かつて、「現代用語の基礎知識」「イミダス」「知恵蔵」
という現代語辞典が同日発売されていた。
電話帳や時刻表とほぼ同じサイズの辞典は、
現代社会で必要な用語を中心に、その年の流行や風俗を反映した
資料を加えたもので、年鑑の性質も兼ね備えた「ことば典」だ。
もともとは第二次世界大戦後まもない1948年、英語の流入と
民主主義に基づいた制度改革に対応するために刊行された歴史をもつ
「現代用語の基礎知識」(自由国民社)が、その先駆けだった。
以後、長い間競合なく刊行されていたが、昭和末期に
「イミダス」(講談社)、「知恵蔵」(朝日新聞社)が発刊された。
辞典の性質をこよなく追求した「現代用語」
サイエンス、外国語のセンスに富んでいた「イミダス」
執筆者の裁量が割と自由で論説的だった「知恵蔵」
それぞれ個性があり
価格も2000円前後とお手頃だったため、一時は毎年3冊購入していた。
いまでは2006年に「イミダス」と「知恵蔵」が休刊となり、
「ことば典」はデータベース、web対応が主流となっている。
どうも「知識」が「情報」に負けた感が否めない。
メガ、ギガの単位で管理される情報量も重要だが、
辞典1冊10数センチの厚みは、ブロック替りにスピーカーの土台になり
スカートのしわ伸ばしの重しになったり、
押し花のよき台紙になり、昼寝の枕に欠かせなかった。
そうした恩恵は、ディスクからは生まれない。
今週木曜日はボジョレヌーボーの解禁日。
酉の市とともに、いつの間にか11月の風物詩となってしまった。
この解禁日と勤労感謝の日のある週末に
かつて、「現代用語の基礎知識」「イミダス」「知恵蔵」
という現代語辞典が同日発売されていた。
電話帳や時刻表とほぼ同じサイズの辞典は、
現代社会で必要な用語を中心に、その年の流行や風俗を反映した
資料を加えたもので、年鑑の性質も兼ね備えた「ことば典」だ。
もともとは第二次世界大戦後まもない1948年、英語の流入と
民主主義に基づいた制度改革に対応するために刊行された歴史をもつ
「現代用語の基礎知識」(自由国民社)が、その先駆けだった。
以後、長い間競合なく刊行されていたが、昭和末期に
「イミダス」(講談社)、「知恵蔵」(朝日新聞社)が発刊された。
辞典の性質をこよなく追求した「現代用語」
サイエンス、外国語のセンスに富んでいた「イミダス」
執筆者の裁量が割と自由で論説的だった「知恵蔵」
それぞれ個性があり
価格も2000円前後とお手頃だったため、一時は毎年3冊購入していた。
いまでは2006年に「イミダス」と「知恵蔵」が休刊となり、
「ことば典」はデータベース、web対応が主流となっている。
どうも「知識」が「情報」に負けた感が否めない。
メガ、ギガの単位で管理される情報量も重要だが、
辞典1冊10数センチの厚みは、ブロック替りにスピーカーの土台になり
スカートのしわ伸ばしの重しになったり、
押し花のよき台紙になり、昼寝の枕に欠かせなかった。
そうした恩恵は、ディスクからは生まれない。
2011年11月1日火曜日
当世古書事情②古本まつり2011
神田神保町は、自称“住人”が故郷の次に長く居る町。
毎年秋には、10月末~11月上旬に
「神田古本まつり」と「神保町ブックフェスティバル」が開催される。
ほぼ同じエリアで開催される2つの「本」まつりだが、微妙にコンセプトが
異なる。
今年52回目の「神田古本まつり」は、神田神保町界隈の
古書店が靖国通り沿いを中心に設置した特設テントで出張販売する
古本大放出バーゲン。
各店の個性的な「お宝」ものがずらりと軒を連ねる。古書というより
古文書にちかい代物もあり、見て回る人々も年を重ねた御仁が多い。
一方、今年開催21回目となる「神保町フェスティバル」は、書店というより
出版社が自社製品を直接バーゲンするワゴンセール。
バーゲンブックというわけではないが「ワケあり」ものがあったりして、
新品を安く買いたい人向け。会場も靖国通りより1本南に入った
すずらん通りが中心だ。日程も「古本まつり」より短い2日間で、
こちらは近隣のレストラン等も参加するため、
カレー、中華、ビールなどのメニューも豊富。
不況や震災のあおりを受けて、今年も「街の本屋さん」は激減したし、
出版不況はますます深刻な事態。
ひところは、身動きがとれないほどぎゅうづめだった靖国通り沿いの
歩道は、出店テントが減ったのか、北風に吹きさらされ。
それでも、昭和の希少本をゲットした。
『音楽の現場』芥川也寸志 /音楽之友社 1962年刊
トスカニーニ、クナッパーツブッシュ(出版当時まだ存命中だった!)など
巨匠の雄姿が満載! 夜長の秋にぴったりだ。
毎年秋には、10月末~11月上旬に
「神田古本まつり」と「神保町ブックフェスティバル」が開催される。
ほぼ同じエリアで開催される2つの「本」まつりだが、微妙にコンセプトが
異なる。
今年52回目の「神田古本まつり」は、神田神保町界隈の
古書店が靖国通り沿いを中心に設置した特設テントで出張販売する
古本大放出バーゲン。
各店の個性的な「お宝」ものがずらりと軒を連ねる。古書というより
古文書にちかい代物もあり、見て回る人々も年を重ねた御仁が多い。
一方、今年開催21回目となる「神保町フェスティバル」は、書店というより
出版社が自社製品を直接バーゲンするワゴンセール。
バーゲンブックというわけではないが「ワケあり」ものがあったりして、
新品を安く買いたい人向け。会場も靖国通りより1本南に入った
すずらん通りが中心だ。日程も「古本まつり」より短い2日間で、
こちらは近隣のレストラン等も参加するため、
カレー、中華、ビールなどのメニューも豊富。
不況や震災のあおりを受けて、今年も「街の本屋さん」は激減したし、
出版不況はますます深刻な事態。
ひところは、身動きがとれないほどぎゅうづめだった靖国通り沿いの
歩道は、出店テントが減ったのか、北風に吹きさらされ。
それでも、昭和の希少本をゲットした。
『音楽の現場』芥川也寸志 /音楽之友社 1962年刊
トスカニーニ、クナッパーツブッシュ(出版当時まだ存命中だった!)など
巨匠の雄姿が満載! 夜長の秋にぴったりだ。
2011年10月13日木曜日
絶滅危惧種①筆記体
中学生の英語のコーチを十数年ぶりに担当している。
それは姪の宿題から始まった。
21世紀の中学生がつかう教科書はどれも
A4判フルカラーの教科書、大きな文字、少ないテキスト、
リスニングや会話などの豊富な教材。
どれも自分たちの中学時代にはなかったものばかりだ。
大きく変化したのが、語彙数。一時期、約1800語とされた必修単語は
最近では約1300語までに整理されている。
IT時代になって、カタカナ語は増殖の一途にあり、
耳で覚えた外国語は数知れずといったところなのだが。
いっぽう、昔にあって今にないのが「筆記体」だ。
教科書によっては巻末にちょろっと1ページばかり載っているものもあるが、
ほとんどの教科書には記述がない。
文科省によれば10年ほど前から、筆記体は必修ではなくなったとか。
理由は、IT時代になり手書きの英語を読む機会が減っている現状からとか。
これには、少なからずカルチャーショックを受けた。
たしかに言われてみれば、その通りなのだが。
筆記体なら単語も憶えやすいのになあ、と考えるのは
アナログ時代の元中学生なのだろうか。
そして、相変わらず「英語嫌い」な子は絶滅というよりむしろ、増えている感じだ。
それは姪の宿題から始まった。
21世紀の中学生がつかう教科書はどれも
A4判フルカラーの教科書、大きな文字、少ないテキスト、
リスニングや会話などの豊富な教材。
どれも自分たちの中学時代にはなかったものばかりだ。
大きく変化したのが、語彙数。一時期、約1800語とされた必修単語は
最近では約1300語までに整理されている。
IT時代になって、カタカナ語は増殖の一途にあり、
耳で覚えた外国語は数知れずといったところなのだが。
いっぽう、昔にあって今にないのが「筆記体」だ。
教科書によっては巻末にちょろっと1ページばかり載っているものもあるが、
ほとんどの教科書には記述がない。
文科省によれば10年ほど前から、筆記体は必修ではなくなったとか。
理由は、IT時代になり手書きの英語を読む機会が減っている現状からとか。
これには、少なからずカルチャーショックを受けた。
たしかに言われてみれば、その通りなのだが。
筆記体なら単語も憶えやすいのになあ、と考えるのは
アナログ時代の元中学生なのだろうか。
そして、相変わらず「英語嫌い」な子は絶滅というよりむしろ、増えている感じだ。
2011年10月7日金曜日
役に立たない学問
インタビューする側の礼儀として、いつも気をつけているのが、
学者・研究者に対しての「それ(研究分野)って何の役に立つのですか」という質問だ。
ノーベル賞受賞者が発表になる時期は、世界レベルで
「人類の福祉にもっとも具体的に貢献した」と評価される研究が注目を集める。
だが一般人にとっては、
物理・化学・医学生理学といった分野の研究は、
全くと言っていいほど普段の生活から縁遠いところに存在するもの。
専門用語だらけのニュースや記事に出合うと内容についていけず
「だからとどのつまり、なんの役に立つのだろう」と、生活との接点を探ろうとする。
かつて訪れた工業系研究室で、ついこの種の質問をしてしまい、
詳しい説明をいただいた最後に
「でも、われわれは成果を追求する工場ではありませんので」と念を押され、
失礼な質問をしたと反省した。
科学=サイエンスはまず理論ありきだ。
その理論は
「生産性がない⇒即、製品にならない⇒お金に結びつかない⇒役に立たない」
という俗人の欲からは遠い位置にある。
でも、俗人は手っ取り早く、身近な例で知りたがる。
では、その「知りたい」思いを抱えながら、なんと質問したらいいのだろうか。
そんなときは苦し紛れではあるが
「若いひとたちや子どもたちに伝えたいメッセージはありますか」と、
非常に漠然とした質問を投げてみる。
すると、ロマンチストよろしくの「名言」が返ってくるものだ。
学者・研究者に対しての「それ(研究分野)って何の役に立つのですか」という質問だ。
ノーベル賞受賞者が発表になる時期は、世界レベルで
「人類の福祉にもっとも具体的に貢献した」と評価される研究が注目を集める。
だが一般人にとっては、
物理・化学・医学生理学といった分野の研究は、
全くと言っていいほど普段の生活から縁遠いところに存在するもの。
専門用語だらけのニュースや記事に出合うと内容についていけず
「だからとどのつまり、なんの役に立つのだろう」と、生活との接点を探ろうとする。
かつて訪れた工業系研究室で、ついこの種の質問をしてしまい、
詳しい説明をいただいた最後に
「でも、われわれは成果を追求する工場ではありませんので」と念を押され、
失礼な質問をしたと反省した。
科学=サイエンスはまず理論ありきだ。
その理論は
「生産性がない⇒即、製品にならない⇒お金に結びつかない⇒役に立たない」
という俗人の欲からは遠い位置にある。
でも、俗人は手っ取り早く、身近な例で知りたがる。
では、その「知りたい」思いを抱えながら、なんと質問したらいいのだろうか。
そんなときは苦し紛れではあるが
「若いひとたちや子どもたちに伝えたいメッセージはありますか」と、
非常に漠然とした質問を投げてみる。
すると、ロマンチストよろしくの「名言」が返ってくるものだ。
2011年9月26日月曜日
当世古書事情①里親気分で
たとえどんなに安くてもバーゲンブックには手を出さないことにしている。
同じ本をつくる側の人間として、出版社(版元)のプライドを守りたいからだ。
バーゲンブックは、
版元が意図的に再販価格を非再販価格にした本のこと。
古書ではない本が、正価から安い価格設定で売られる本をさす。
なんらかの理由で、倉庫に眠る断裁処分になりそうな本の再出発を
価格変更で見出そうとする版元たちの涙ぐましい努力なのだ。
ええい! もはや里親気分。ここは買うしかないでしょ。
「みんな、ウチへおいでっ!」とばかり、ばばっとカゴへ詰め込んで、
バーゲンブックではないが、大手中古書チェーンもよくみかける。
こちらは、古物商に属する。いったん購買された本を利用者から購入して
リサイクル販売するもの。
リサイクル販売するもの。
このテの書店が神田古書店街の「古本屋さん」と違うのは、商品の価値観だ。
商品の状態は新品に近ければ近いほど価値が高い。
前世紀に刊行された文豪の全集が、
1冊105円なんてとんでもないタグを付けられて店外の棚に並んでいたりする。
ちょっと、(お店の)オニイサン! これ初版なんですけど・・・(関係ないみたいだな)。
1冊105円なんてとんでもないタグを付けられて店外の棚に並んでいたりする。
ちょっと、(お店の)オニイサン! これ初版なんですけど・・・(関係ないみたいだな)。
老舗出版元の新書シリーズも然り。えーっ! これはないだろう。
著者名ちゃんとみたのかな。みんな棚ざらしになってるなんてカワイソ。
ええい! もはや里親気分。ここは買うしかないでしょ。
「みんな、ウチへおいでっ!」とばかり、ばばっとカゴへ詰め込んで、
100円ショップ並の買い物になってしまった。
お得はお得だったのだが・・・。フクザツ。
2011年9月19日月曜日
1989の記憶
地元の図書館では不要となった資料を
「リサイクル資料」として、利用者に無償提供している。
リサイクル棚におかれた資料や本は、好きなだけ「ご自由にお持ち帰り」ができるのだ。
資料は、古い地図、年鑑、ばらばらになったシリーズもの等々。
購入したが一度も利用がなかった資料や古くなった資料が多い。
先日、そのなかから1冊をえらびいただいてきた。
朝日新聞社刊「朝日年間1990」。
1990年刊とは、その前年1989年(昭和64年/平成元年)の出来事を収録した年鑑だ。
ぱらぱらとページをめくるうちに、立ち読みでは済まされない
妙な吸着力の強さに抗うことができなかった。
なによりも、東西ドイツがまだ存在していた。ソ連も。
日本のGNPはアメリカに次いで世界第2位だし、
公定歩合はちゃんと%らしい数字が出ている。
統計資料は単純な数字の羅列。
そのなかから歴史の1場面が見え隠れする。
そして興味深いのは、ページのあちこちにみられる広告欄。
老舗の会社から、いまは存在しない会社まで。
当時の最新商品は、いまや博物館なみ。
そうそう、1989年は消費税が導入された年でもあった。
ひとことで言い表せない、ヘンな年。
この年を経験したことは良かったのか、悪かったのか―。
いまだにわからない。
「リサイクル資料」として、利用者に無償提供している。
リサイクル棚におかれた資料や本は、好きなだけ「ご自由にお持ち帰り」ができるのだ。
資料は、古い地図、年鑑、ばらばらになったシリーズもの等々。
購入したが一度も利用がなかった資料や古くなった資料が多い。
先日、そのなかから1冊をえらびいただいてきた。
朝日新聞社刊「朝日年間1990」。
1990年刊とは、その前年1989年(昭和64年/平成元年)の出来事を収録した年鑑だ。
ぱらぱらとページをめくるうちに、立ち読みでは済まされない
妙な吸着力の強さに抗うことができなかった。
なによりも、東西ドイツがまだ存在していた。ソ連も。
日本のGNPはアメリカに次いで世界第2位だし、
公定歩合はちゃんと%らしい数字が出ている。
統計資料は単純な数字の羅列。
そのなかから歴史の1場面が見え隠れする。
そして興味深いのは、ページのあちこちにみられる広告欄。
老舗の会社から、いまは存在しない会社まで。
当時の最新商品は、いまや博物館なみ。
そうそう、1989年は消費税が導入された年でもあった。
ひとことで言い表せない、ヘンな年。
この年を経験したことは良かったのか、悪かったのか―。
いまだにわからない。
2011年9月16日金曜日
涙の表現
新聞のTV番組欄で、よくみかけるのが「○○も号泣!」という
バラエティ番組や情報番組のキャッチコピーの表現だ。
号泣は、その字のとおり、大声をあげて泣くこと、泣き叫ぶこと。
人の死にさいして泣くのは「哀号」という言い方もあるくらい、
悲しみをドラマチックに表現する涙といえる。
しかし最近ではそれが、「涙をぼろぼろ流して泣く」という場面にも
使われるようになっている。
文化庁が9月15日に発表した国語世論調査で、この「号泣」も、本来の意味と
ことなる使われ方をする言葉として例にあがった。
いったい「泣く」「涙」を表す言葉はどれくらいあるのだろうか。
類語辞典(講談社)によれば、形容詞も含めるとざっと160種。
号泣、慟哭、落涙、感涙、むせび泣く、忍び泣く
さめざめ、しくしく、はらはら、ぼろぼろ、めそめそ、わんわん、くすん、うるうる・・・。
それらを全部「号泣」のひとことで言い切ってしまうのは
乱暴なセンスとしか言いようがない。
貧相な表現力は、デジタル放送もカバーできない。
ホントに情けなくて泣きたくなってしまう。
バラエティ番組や情報番組のキャッチコピーの表現だ。
号泣は、その字のとおり、大声をあげて泣くこと、泣き叫ぶこと。
人の死にさいして泣くのは「哀号」という言い方もあるくらい、
悲しみをドラマチックに表現する涙といえる。
しかし最近ではそれが、「涙をぼろぼろ流して泣く」という場面にも
使われるようになっている。
文化庁が9月15日に発表した国語世論調査で、この「号泣」も、本来の意味と
ことなる使われ方をする言葉として例にあがった。
いったい「泣く」「涙」を表す言葉はどれくらいあるのだろうか。
類語辞典(講談社)によれば、形容詞も含めるとざっと160種。
号泣、慟哭、落涙、感涙、むせび泣く、忍び泣く
さめざめ、しくしく、はらはら、ぼろぼろ、めそめそ、わんわん、くすん、うるうる・・・。
それらを全部「号泣」のひとことで言い切ってしまうのは
乱暴なセンスとしか言いようがない。
貧相な表現力は、デジタル放送もカバーできない。
ホントに情けなくて泣きたくなってしまう。
2011年9月15日木曜日
的、的、的
職業柄、“だれでもわかりやすい”かどうか、気になるようで。
先日、添付ファイルで送られてきた某「提案書」にはいろいろと
異議申し立てをしてしまった。
気になったのは、
「対△△的には、◎◎◎的であり云々」という表現。
さらっと流し読みしたときには、あまり目立たなかったのだが、
たまたま発見した誤植から、よく読み込んでみると・・・さっぱりわからない。
そして、主語と目的語のない文章。
え、えーっ?
だれが、いつ、なにを、どうすりゃいいんだい?
文末には(← けっこう厳しい?)などと、起稿者のひとりツッコミも入っている。
おいおい。
社会的☆にはそれなりに地位のある人たちが起こしたものであるだけに、
この「あいまいさ」はないでしょ。
・・・てなわけで、煙たがられること覚悟で、校正、もとい校閲原稿を返信した。
☆えー、この場合の「的」の使用は適正ですよ。念のため。
先日、添付ファイルで送られてきた某「提案書」にはいろいろと
異議申し立てをしてしまった。
気になったのは、
「対△△的には、◎◎◎的であり云々」という表現。
さらっと流し読みしたときには、あまり目立たなかったのだが、
たまたま発見した誤植から、よく読み込んでみると・・・さっぱりわからない。
そして、主語と目的語のない文章。
え、えーっ?
だれが、いつ、なにを、どうすりゃいいんだい?
文末には(← けっこう厳しい?)などと、起稿者のひとりツッコミも入っている。
おいおい。
社会的☆にはそれなりに地位のある人たちが起こしたものであるだけに、
この「あいまいさ」はないでしょ。
・・・てなわけで、煙たがられること覚悟で、校正、もとい校閲原稿を返信した。
☆えー、この場合の「的」の使用は適正ですよ。念のため。
2011年9月1日木曜日
10年経った…
をとこもすなるぶろぐといふものをおむなもしてみむとてするなり
学生時代の友を亡くして10年。今日は彼女の命日。
グリーフワークも、そろそろ残業の域に達したころだろうか。
9.11の年に9.11を伝えたかったであろう、彼女に替って
愚直に声をあげてみる。
果たせなかった再会を 一生の宿題に。
学生時代の友を亡くして10年。今日は彼女の命日。
グリーフワークも、そろそろ残業の域に達したころだろうか。
9.11の年に9.11を伝えたかったであろう、彼女に替って
愚直に声をあげてみる。
果たせなかった再会を 一生の宿題に。
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